九州壇氏のレビューコレクション
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タマキハル~序章 艮為山編~高校2年生の主人公、陽介の学園生活を中心に描いた物語。僕は2時間ほどで読了できました。個性的なキャラクター達とのやり取りがとても楽しい作品でした。 @ネタバレ開始 本作品は登場人物が大変魅力的で、その点が強く印象に残りました。メインキャラクターはもちろん、立ち絵がないキャラクターもみな生き生きとしていたと感じます。その中でも、僕は香月さんが1番好きです。彼女、いちいち可愛すぎませんかね? 「香月さんと一緒に図書委員をやりたい人生だった……」なんて思いながら読ませて頂きました。陽介くんも良い奴で、この2人のやり取りは読んでいてすごく癒されました。 なお、立ち絵イラストも素晴らしい出来栄えで、キャラクターの魅力を更に高めていたと思います。くるくると表情が変わる演出も大変良かったです。 そんな彼らの学園生活の描写は、読んでいて実に楽しかったです。これも、キャラクターがしっかりたっていたからこそだと思いました。個人的には、斬新な新商品でテンションが上がっちゃう香月さんが好きです(笑) 笑えるシーンは他にも多々あり、読み進めるほどに彼らへの愛着がわいてきました。 それだけに……。ラストの展開には衝撃を受けました。いや、本当に落差がすごすぎます(笑) とりあえず今言えるのは、続きが出たら絶対に読ませて頂くということですね。 @ネタバレ終了 またひとつ、続きがとても気になる作品ができました。続編を楽しみにお待ちしております。
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幸せな毎日を夢見る夢に見たことが現実に起こると気が付いた男子高校生、出臼。そんな彼が、「夢をうまく使うことはできないか」と考えることから始まる物語。僕は1時間30分ほどで読了できました。 @ネタバレ開始 本作品で特に素晴らしいと感じたのは、終盤のどんでん返しでした。正直この展開はまったく予想できておりませんでしたし、ここで作品全体の印象も大きく変わりました。 序盤、中盤を読んでいる時は、良くも悪くも、登場人物の若さが目立つ物語だなと感じていました。学園ものが好きな僕としては学生生活の描写が楽しく読めましたし、茂家さんとの恋愛描写は微笑ましかったです。一方で、友人が死んだというのにどこか切迫感がなかったり、その後も自分のことで一杯一杯になってしまう出臼の姿も印象的で、「これも若さゆえか……」なんて思っていました。 しかし、どこか現実感がないように思えたその言動も、終盤の展開を読んだ後では納得できました。出臼は心のどこかで「これは全て夢である」と理解していたからこそ、切迫感がなかったり、驚くような凶行に及ぶこともできたのかなと思いました。 どんでん返し後の展開も良かったです。正直、中盤までは「これ、どんな風に終わるんだ……?」と少し心配していたのですが(笑) 出臼の成長が感じられ、これからの明るい未来も予感させてくれる良いラストだったと思います。 @ネタバレ終了 素敵な作品をありがとうございました!
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そして僕らは世界を壊す従兄弟を救うために、主人公である保志が奮闘する物語。僕は3時間ほどで読了できました。 @ネタバレ開始 本作品は、シナリオが特に素晴らしかったと感じます。 まず、序盤の「繰り返し」ですが、これはゲームであることを生かした演出だったと思います。タイトル画面に戻った時は絶望感に襲われましたし、繰り返すほどにその絶望が強まっていくのも印象的でした。この演出のおかげで、繰り返し続けた「彼」の気持ちが少しだけ分かったような気もします。 また、物語の展開としては後半が特に面白かったです。何が起こっていたのかが明らかになると同時に、「なんとか打開できるのか」が気になってしまい、一気に読んでしまいました。なお、ラストの展開を読んだ後は、しばし呆然としてしまいました……。 本作品では、愛するものを追い求める人間の美しくも悲しい性が描かれていたと思います。特に、保志の強い思いには終始圧倒されていました。本来、こうした感情は時間と共に少しずつ風化していくところもあると思います。が、今回は彼の執着とタイムトラベルとが結びついてしまったことがさらなる悲劇をうんだように思います。失敗を繰り返すほどに、「自分のやってきたことが間違いだったと認めたくない」と思うようになり、ますます執着してしまう……。後半の保志は、もう引き返せないところまできてしまっていたのだと思います。邑井さんの存在があっただけに、あのような終わり方を迎えるしかなかったことがいっそう切なく思えました。 これは全く個人的な感想ですが、本作品をプレイして「運命とはどの時点で決まってしまうものなのだろうか」なんてことを考えさせられました。僕は決定論者ではないので、最初からすべての運命が決まっているとは思いません。ですが一方で、「今となってはもうどうにも変えようのないこと、避けられないこと」も確かにあると思います。例えば、後半の保志はもう引き返せなくなっていましたし、隆之介は4月4日の時点で自殺することを固く決意していたと思います。 「はじめはあらゆる可能性があって、天秤は平衡を保っている。けれど、無数の選択を通じて少しずつ天秤はどちらかに傾いていき、ある時点を超えてしまうと天秤はもう何があってもひっくり返せなくなってしまう」 そんな風に僕は考えていたりします。ですから、「もっと前からやり直す」という方法は「ひょっとしたらうまくいくんじゃないか?」と思ったのです(笑) しかし、そう考えていただけにラストの展開は衝撃的でした。また、あのように物語を締めくくったことにこそ、本作品の個性が色濃く出ているようにも感じました。昔から「ループもの」のノベルゲームが好きな僕ですが、本作品を通じて「過去をやり直す」危うさも強く感じました。 登場人物の中では、特に邑井さんが好きです。これは想像ですが、保志の中にも自分への好意があることを、彼女はもっと前から気がついていたと思います。お互いに想いあっていると理解しつつ、それでも保志とは結ばれない。彼女がどんな思いで保志のそばにいたかを想像すると、それだけでちょっとくるものがあります……。 個人的に、自分と心的な距離が1番あると感じたのが隆之介です。プレイ中は彼がどうしてこんなにも死にとらわれているのかがうまく理解できず、色々と考えました。彼の知的能力が著しく低かったとは思えません。また、虐待という不幸はあったにしろ、今も著しく不幸な環境にあるとも思えない。その上、他でもない保志が「生きていてほしい」とも言っている。にも関わらず、どうして彼は死を選ばずにはいられなかったのでしょうか。 自分なりにしばらく考えてみたのですが、やはり保志の影響が大きかったのかなと思いました。前半の物語を読んでいると、とにかく「大人の存在感がない」と感じます。彼らにとってキーパーソンとなりえるはずの両親も、ほとんど登場しません。実際、大人が頼りなかった部分もあるのでしょう。しかし一方で、2人がすすんで大人を遠ざけたところもある気がします。それら2つが相互に作用しあって、いつからか2人と周囲の間には深い断裂が出来たのではないかと思います。そうして長い時間をかけて作った2人だけの世界に、2人は生きる意味を見出していた。しかし、いつからか隆之介は「こんなあり方をずっと続けることはできない」と悟り、「ならば早く保志をこの世界から解放してあげたい。そうするのが自分にできる罪滅ぼしだ」と考えるに至ったのかな、なんて考えました。 もうひとつ、これはもっと突っ込んだ意見ですが……。隆之介の中には、自分をこのような状況に追いやった者達への怒りがあったのかもしれないと思いました。それは世界や大人だけに向けられたものではなく、保志に対してもです。もちろん、保志のことを愛していたと思うのですが、それだけでは隆之介の行動をうまく説明できないような気がします。保志に対しては、本当に沢山の感情を持っていたのではないかな……。 まったくの見当違いでしたら申し訳ありません。 本作品は、立ち絵やイラストも美しく、その点も大きな魅力だと思いました。特に、イベントスチルが素晴らしく、物語への没入度を高めてくれたと感じます。隆之介が炎の中で笑っているシーン、溺死してしまったシーンのイラストは怖いほどに美しかったです。 @ネタバレ終了 作品の感想としては少しズレているであろう自論も書いてしまい、すみません。彼らの生き様を見届けて思うことは他にも多々あります。大きく感情を揺さぶられ、読み終えてしばらくはこの作品のことばかり考えていました。様々な角度からの考察ができる素晴らしい作品だったと思います。本当にありがとうございました。
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君が見た景色少女エリスの成長を、語り手と共におっていく物語。僕は1時間ほどで読了できました。エリスの物語は寓話的で、人生における大切なことが描かれているように感じました。また、「語り手と共に物語を見ていく」という形式が新鮮で、大変興味深かったです。 @ネタバレ開始 本作品の大きな魅力として、物語の特殊な構造があげられると思います。 本作品では2人称が採用されており、語り手はたびたびプレイヤーに語りかけてきます。そのため、プレイヤーはエリスの物語に触れると同時に、「自分は物語を読んでどう感じているのだろう? 何を考えているのだろう?」と意識させられます。 一例をあげますと、語り手は「エリスはどんな表情をしている?」なんて尋ねてきます。が、その時に彼女の顔のイラストが表示されているわけではありません。そこで僕は「どんな顔をしていると自分は想像しているんだろう?」と自問することになりました。 このように、プレイヤーはエリスの物語を読み取りつつ、それを読んでいる自身の内面にもたびたび目を向けることになります。普段は何気なくやっているはずのこの作業ですが、こうして語り手と共に取り組んだことはありませんでした。他ではなかなか味わえない体験ができて、大変興味深かったです。 ここからは、自分がエリスの物語を読んで感じたことを少し書いてみます。 僕は、「魔女を殺す」という言葉を、「1つの自分の生き方、可能性に別れを告げる」ことだと解釈しました。 エリスが森の中で過ごした3日間は、第三者から見ても素晴らしいものでした。天真爛漫なメルトとの生活には不快なものがなく、願望は次々に叶えられます。ごく狭い世界で生きる上では、彼女との生活は素晴らしいもののように思います。でもそんな生き方が叶うのは夢や空想の中、つまりは自分の内面でだけであり、現実世界での実現は困難です。他者と生きていく中で、自分の願望だけが叶い続けることはありえない。だからエリスは、大人になって村に帰るために、大人として生きていくために、「魔女を殺す」必要があったのかなと思いました。 本作品を読み終わって感じたのですが、こうした「別れ」って、大なり小なり誰でも経験するのだと思います。自分も年齢を重ねるごとに、周囲と折り合いをつけて生きる術を学んできました。でも一方で、メルトのような天真爛漫な自分もやっぱり残っていると感じるんですよね。本作品を読んで、そんな自分の声にも耳を傾けることが大事なのかな、なんてことも考えました。 本作品は抽象的な描写が多く、その分、想像する余地が多々ありました。その点も個人的に大変好みでした。 特に面白いと感じたのは、「バックログ」で表示される独白の中に、明らかに他と違うものが一部混じっていたことです。具体的には、メルトとあやとりをしているシーンですね。ほとんどのエリスの独白は当然我々に向けられたものではないのですが、あのシーンだけはまるで誰かに説明しているかのように語られます。これはつまり、エリスと「語り手」が混じり合ってしまいかねないような、非常に近しい存在であることが示されていたのかなと思いました。 @ネタバレ終了 独特な構造のゲームでしたが、おかげで他ではなかなか味わえない読書体験をさせて頂きました。素敵な作品をありがとうございました。
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片恋スターマイン憧れの先輩、年下の幼馴染との「片恋」を描いたひと夏の物語。僕は2時間半ほどでフルコンプ出来ました。温かい気持ちになれる素晴らしい作品だったと思います。 @ネタバレ開始 本作品は大きく分けて紫季先輩ルートと翔ルートに分かれていて、2つのルートで全く異なる展開を楽しめます。が、どちらも、「自分が望むものを求める」から「相手の幸せを願う」へと考えがシフトし、その後ハッピーエンドに至る、という展開は同じです。この点が、個人的には特に素晴らしいと感じました。 なお、前作「憧れの先輩と推理クイズで以心伝心しちゃうかもしれない。」を今回改めてプレイしたのですが、この時のハッピーエンドでも「相手のために」の大切さが語られているように感じます。恋愛における大切なこと、人生における大切なことを、作品全体で見せてくれたように感じられて、今回この三部作が大好きになりました。相手のことを思って頑張る彼らの姿は眩しくて、心が浄化されるような思いです……! なお、主要3人のキャラクターはみな大変魅力的でした。幼馴染という関係性が好きで、かつ「隣の家の幼馴染に素直になれないのでラインする。」をプレイ済みである僕は、当初翔を応援していました。が、紫季先輩も素敵な人ですね……! 先輩の過去を知った後は、孤独に頑張り続けてきたであろう彼が愛しく思えて仕方がなかったです。 なお、桃耶も魅力的な女性だと思いました。不器用ながらも一生懸命頑張り続ける人って、素敵ですよね……。なお、ビッキー耳をつけた姿は反則だと思います。これ、いわゆる奇跡的相性(マリアージュ)というやつですよね? もうひとつ素晴らしいと思った点は、作品全体としてのバランスの良さです。本作品は、けっこう生々しいもの、痛々しいものも提示されますし、ENDによってはこちらまで苦しくなる展開になります。もちろん、それはそれでなかなか味わい深くもあったのですが……(END3、END5が特に印象的でした)。癒しの部分がなければ、正直つらくなっていただろうと思います(笑) その点、本作品は2つのハッピーエンドがとことんハッピーに仕上がっていたので、救われる思いがしました。フルコンプ後は、ただただ「この作品、やって良かったなあ……!」と思えました。 他にも述べておきたいと思うのは、文章についてです。個人的には、五感について描写することで感情を表現するのがお上手だと感じました。例えば、靴擦れの「痛み」の描写、翔がはねられたシーンでの暑さ、音の描写等です。中でも特に秀逸だと思ったのは、紫季先輩と手をつなぐシーンです。桃耶がドキドキしていることが分かるだけでなく、先輩の色気も感じられる、素晴らしい描写だと思いました。 以下、それぞれのルートについても感想を述べさせて頂きます。 翔ルート 先にクリアしたのがこちらでした。いきなりメタっぽい発言をしてしまって恐縮なんですが、いち読者としては「どんな展開を経て翔と結ばれるんだろう?」という点に興味がありました。と言いますのも、冒頭の桃耶の様子を見ていると、翔の入りこめる余地があまりなさそうに思えたので……。分岐ものとして見事に成立している本作品ですが、その部分には苦労もあったのでは、なんて思いました。 しかし、そんな少し冷めた目で見ていられたのも途中まででした。翔が記憶喪失になってからは、桃耶と共に、翔の一挙一動に振り回されてしまいました(笑) 個人的には、今の翔も本質的には変わらないことが描かれていること、そして「過去の翔も、今の翔も好き」という結論に一度至り、その後で記憶が戻るという展開が大変好みでした。2人が幸せになるEND4は、すでに何度も見させて頂きました。翔、本当に良かったなあ……(涙) 紫季先輩ルート 翔にかなり感情移入していた分、当初は謎の罪悪感を覚えながら読んでいました(笑) しかし、読み進めているうちに紫季先輩のこともどんどん好きになっていきました。物語としては、こちらの方が好きかもしれません。 中盤までで言いますと、紫季先輩の過去の描写が特に良かったです。ここらへんで、紫季先輩にも幸せになってほしいと願うようになりました。期間限定の恋人になった後は、桃耶とともに「なんとか先輩の両親を説得できないのかな?」なんて思っていたのですが……。それだけに、母上登場のシーンは衝撃的でした。「ここから先輩と結ばれるためには、梅子さんみたいに駆け落ちするしかないんじゃないか?」なんてことまで考えていたのですが……(笑) 伏線を回収しつつハッピーエンドに至るEND1は、ただただ感動しました。素敵なイベントスチルがたくさん登場する本作品ですが、END1で出てくる最後のイラストが1番印象に残っています。 @ネタバレ終了 いずれの要素も高レベルである本作品ですが、個人的には、「相手のために」と考える大切さを一貫して描いている点が特に素晴らしいと感じました。素敵な作品をありがとうございました。
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新しい日常といつもの場所今だからこそ、そのメッセージが特に響く作品だと思います。 本作品が示す通り、大きな力によって環境を変えられた時も、考え方や生き方を変えることでまた幸せに生きていけるようになるのだと思います。そういうしなやかさ、しぶとさがヒトという生き物の強さなのかな、なんてことも思ったり。 現実でもなかなか大変な状況が続いていますが、自分なりにできることを頑張っていこうと思えました。
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イオエルと左利きのキアファンタジーの世界で繰り広げられる、家出をした少女の物語。40分ほどでおまけまで見ることが出来ました。その世界にどんどん引き込まれてしまう、素晴らしい作品でした。 @ネタバレ開始 本作品をプレイし始めて数分で、「ここではない、どこか」の世界にどっぷりとつかることが出来ました。本作品で最も素晴らしいと感じたのも、この部分でした。 作品を構成する要素のいずれもが上質です。リアリティがありつつもワクワクさせてくれるような舞台設定。キャラクターの性格が想像できるようなセリフ回し。異世界の雰囲気を感じさせてくれる素晴らしいイラスト。美しいBGM。上品なシステムグラフィック、等々……。しかし、本作品の場合はそれだけでなく、それらが持つ引力のベクトルがぴったり一致していた点が素晴らしいと思いました。「このシーンでは、○○がちょっと浮いている」と感じることが全然ありませんでした。 「この世界は、遠いどこかに実在するとしか思えない」 プレイ中はずっとそんな感覚があり、非常に心地よかったです。プレイ後は、できることならもっと味わっていたかったという寂しさも覚えました。 シナリオも大変良かったです。30分の間に語られるのは、まだ重い責任を持たないが故に許された、冒険の日々でした。2人が接した時間は短いけれど、お互いに与えた影響は多大なものだったろうと思います。アフターストーリーは少しほろ苦いテイストでしたが、だからこそ、本編の美しさ、色鮮やかさが際立って見えたようにも思います。 イラストはもう本当に素晴らしかったです……! 立ち絵はどれも美しいですが、一方で、若者らしい可愛らしさも感じました。大人になった2人も素敵でした。イオエルはきっと、色々な思いを内に秘めて、強くなったんでしょうね……。 イベントスチルは特に最初の1枚が印象的でした。あの1枚で、一気にこの物語の世界に引き込まれたと感じます。 @ネタバレ終了 素晴らしい作品をありがとうございました!
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能面な、先生ある大学生と「能面」の先生の交流を描いた物語。僕は30分ほどで読了できました。主人公に新たな世界を提示してくれる先生が素敵でした。 @ネタバレ開始 まずシナリオについてですが、出席カードをめぐる問題を取り上げた点が素晴らしいと思いました。ことの深刻さが、重すぎず、軽すぎず、絶妙だったと感じます。 自分も大学生だった時期があるので、この問題には色々と思うところがありました。出席カードって、本来はとても大事なもののはずなんですけどね……。学生の中ではけっこう認識の差があって、こうした「代わりに出しといて」問題は起こっていました。なお、僕のいた大学では金銭による売買も以下略 こうした依頼は一見ささいなことのようですが、実際のところ、頼まれる側からしたら屈辱的ですよね。ささやかに見える分、なおさらタチが悪いと個人的には思います。しかし、こうしたことにちゃんと怒れる人は頼まれないんですよね……。「前は楽しかった」と諦めきれず、自分自身にも嘘をついてしまう主人公には、すごく共感できました。 なかなかつらい境遇にいた主人公ですが、その分、先生の優しさがしみました。先生は格好良い人ですね……。表情の変化は確かに少なめですが、その内面は激しく動いていたように思えました。涙をぬぐってあげたり、2人で一緒に能を見に行ったり。結構大胆な行動をしている先生ですが、それだけ主人公のことを心配していたのだと思います。 少しだけ制作者目線で語らせて頂くと、同級生らと先生がとことん対照的に描かれていた点に感銘を受けました。表面的には親しげなものの、内心では主人公を見下しているであろう同級生。一見親しげではないけれど、主人公を尊重してくれる先生。その明確な対比が、作品のテーマを際立たせているように思いました。「能面」というワードはシナリオの色々なところで生かされていて、その部分も素晴らしいと感じました。 柔らかな雰囲気のイラストも大変魅力的でした。「能面」である先生に淡い表情が浮かぶ様子が特に好きです。 @ネタバレ終了 素敵な作品をありがとうございました。
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too late but創作活動を細々と続ける男性の物語。僕は30分ほどで読み終えました。読了したのは少し前になるのですが、ちょっと思うところが多く、感想を書くまでに時間を要してしまいました。今でも深く心に残っている作品です。 @ネタバレ開始 本作品の魅力として、まずは文章表現の巧みさがあげられると思います。「限られた文字数の中に様々な思いが込められている」と感じることが何度もありました。特に印象的なものを挙げてみますと……。 「すり減って文字の消えかかったキートップを、愛しそうに撫でるようにタイプしていく」 「彼から発せられる光が、己の影を浮かび上がらせていた」 等ですね。こうした味のある表現は、とても自分からは出てきそうにありません。これはそれこそ、「鍛えに鍛えた、しかし自分の子のように大切に育てた文章」なのかもしれない、なんてことも考えました。1つ1つのエピソードの魅せ方も巧みで、短時間でどんどん物語にのめりこんでいきました。 また、人生のままならなさをリアルに描いている点も大変良かったと思います。良い作品が売れるとは限らないこと。古いものは地層に埋もれていく運命にあること、等々……。エピソードはいずれも長くはないのですが、そのどれもが心にしみました。 また、そうしたリアルさがあるからこそ、終盤で提示されるものがひときわ美しく輝いて見えたのだと思います。たった1つの感想を書いた人物は誰だったかが判明するところは、特に好きなシーンです。この伏線回収も含めて、物語の構成は素晴らしかったと思います。 主人公の生き様については、深く考えさせられました。自分も、「創作を趣味として続けていきたい」と考えている人間なので、主人公に自分を重ねずにはいられませんでした。彼は、何を思いながら物語を紡ぎ続けていたのでしょうね……。それを想像すると、今でもジーンときてしまいます。 特に心に響いたのは、「作者は読み手の心の中で生き続けられる」というラストの言葉でした。僕は以前、「作者が死んだとしても、表現は生き残る」という言葉に出会い、それを今でも大切にしています。この物語は、そんな自分を肯定してくれたような気がして、とても嬉しくなりました。「よくぞこういう作品を生み出してくださった……!」という思いです。 @ネタバレ終了 この作品と出会えたことを幸せに思います。ありがとうございました。
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指先で世界を見るテニス部員に対する「噂」をめぐる物語。僕は25分ほどで読了できました。 短編ながら、心にずっしりとしたものを残してくれる作品でした。本作品は学校を舞台にしていますが、「こういう問題って、大人になってもずっと付きまとうよなあ……」なんて思いながら読ませて頂きました。 @ネタバレ開始 自分で確認したわけでもない噂を信じてしまう理由って、色々あると思います。真偽を確かめるのが面倒くさいとか。その話は自分にとって都合が良くて、信じたい内容であるとか。噂を共有することで、他者と親密な関係を作れるとか……。 集団で生活することで生き残ってきたヒトにとって、「噂を信じる」という性質は本能的なものなのかもしれないと個人的に思います。ただ、この物語が示してくれた通り、噂によって理不尽に傷つけられている人はいるわけで。根も葉もない噂に対しては、意識して戦わなければならないな、と思わされました。簡潔ながら心に残る物語で、素晴らしかったです。 なお、僕は中学、高校、大学のいずれもテニス部に入部していた人間ですので、本作品の部活の描写には終始共感していました。確かに、1年がいきなり練習に参加できちゃうとものすごく嫉妬されるんですよねえ……。「球拾いにも意味がある!」という言葉も、聞き覚えがありすぎます(笑) 「作者様もテニス部に所属されていたのかな?」なんてことが少し気になりました。 @ネタバレ終了 大変良い読書体験ができました。素敵な作品をありがとうございました。