NaGISAのレビューコレクション
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愛と恋の境界線2016年ですから5年前。にもかかわらず、星も感想も1つもついていません。ですが、埋もれるにはもったいない作品です。 この作品は、社会人女性を主人公にした恋愛物語です。物語は4月の入社式から始まり、主な舞台は会社内。それなりの長さのある恋愛ものとしては、結構珍しいのでは。 攻略対象は4人で、先輩社員の北村、オタクな同僚の遠藤、離婚歴のある課長の霧島、そしてかつての初恋の相手涼(何故涼だけ名前(笑))。主な登場人物は4人だけなのですが、この4人の使い方とキャラクターメイキングが非常に上手く、全く物足りなさを感じませんでした。 加えて、4人のルートで物語だけでなく雰囲気までもまるで変わるのが面白い。涼ルートはかつて傷つけられた相手に復讐しようとするサスペンス風味。遠藤ルートはコメディ風。北村ルートは王道で、霧島ルートはちょっと大人の純愛もの。エンドも多彩で面白く、一気に読むことができました。 乙女ゲームがお好きであればプレイする価値のある良作ですので、是非やってみてください!
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新任神様の考える幸福仕事を終えて帰宅したサラリーマンの春風でしが、自宅には見知らぬ女の子が。その少女美都音は自分のことを神だと名乗ります。冒頭だけ見ると、典型的なルームメイト型の物語に見えますが、一味違った展開を見せます。 中盤では意外な人間関係の繋がりも明らかになり、短編にもかかわらずなかなか重厚な展開を見せてくれます。一方で、若干伏線不足のところも見受けられます。しかし、この尺でしっかりテーマを盛り込んだ、読み応えのある物語でした。 やり取りは、緩いところもありながら、終始緊張感をはらみつつ進みます。緊張感を保ちつつ中盤の急展開が来ますから、なかなか強力です。 なお、「物語地図」というシステムが実装されており、攻略に大変便利です。その割に、大部分のバッドエンドが少々投げやりだったりもしますが、物語といいシステムといい、作者さんの熱量を感じました。次回作に期待が高まります。
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文学少女のホンネ引っ込み思案な文芸部所属の男子高校生が主人公の、短編学園恋愛物語です。ひょんなことから、クラスのアイドル的存在の女の子も本好きであることを知り、2人で文芸部室で放課後に楽しいひと時を過ごすのですが……。 中盤で明かされる詩織の秘密については、少し唐突に感じたのですが(もう少し伏線があっても良かったのでは?)、最後の落とし方はとても綺麗で、更に節度がきいていました。このラストシーンを見るたけだけにでも、プレイする価値があります。 さすがにあのラストだけだと、恋愛ものとしてはあと少しだけ語って欲しい気もしたのですが、その後にくるエピローグにおける補完がまた絶妙です。あの2人らしい、将来の幸せを想像できる素敵な終わり方でした。 高校生の一人称にしては、若干描写が捻り過ぎに感じる箇所がなくもありませんが、主人公が文芸部ですからありな範囲ではないでしょうか。30分弱です。派手さはないものの、じわりと心に沁みる物語。こういうのが好きな方は多いのでは?
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ロボット先生小学校にやってきた新任女性教師と、政府から秘密裡に送り込まれてきたロボット教師ロバートが、悪戦苦闘しつつも児童たちとの絆を深めていく物語です。 字だけで地味なのですが、登場人物の描写が非常に巧みで、まるで目の前に姿が見えるかのようです。また個性的な登場人物の会話も楽しく、物語をほどよく彩ってくれていました。会話は楽しいのですが、過剰に脇道にそれてストーリー展開を邪魔しません。見事なバランス感覚だと思います。 展開そのものは比較的王道ですが、何せロボット教師のロバートが強烈で、それだけで読ませるパワーがあります。一話完結式(全9話、それにプロローグとエピローグがつく)で、各話にちゃんと起承転結がありますので読みやすいはずです。 ただ、文章だけの作品なのにウィンドウがワイドで、画面いっぱいに文字が表示されるのは、少し読みにくく感じました。文字だけの作品にはワイドはあまり向かないでは。 オチが少し急に感じるところもありましたが、全体としてとてもよくできた日常物語でした。イラストがないからと言って侮れません。全部読んで2時間前後です。楽しく心温まる日常ものを読みたい方にはお薦めします。
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そしてパンになる(ADV版)お馴染みの素材ばかりの背景、字だけの地味な画面で油断していたら、これはとんでもない作品に出会ってしまいました……。 舞台は、パンで全国的に有名な町、八紘町。私立八紘学園にこの春入学した、パン作りの天才波良嶋亮が主人公。幼馴染でパン製造会社の社長令嬢、八千代心音と、八紘学園に「ベーカリー研究同好会」を作るところから、お話が始まります。 出だしは、題材こそちょっと捻っているものの、王道の青春ものです。実際、3つあるヒロインルートのうち、恵美ルートは青春ものとしてレベルの高い物語でした。また、甜瓜ルートは恋愛と青春と家族愛を上手くブレンドした非常に上手い構成のシナリオ。ラストの投げっぱなし感だけ少し気になったものの、これもよくできたお話です。 そして心音ルートからトゥルールートへの流れで、「そんな馬鹿な」と呆然とする羽目に。リアリティの面ではツッコミどころが多数ですし、ついていけない人もいるかも知れません。しかし、「これはこういう世界、こういう設定の物語なのだ」と思って読みましょう。とにかく驚くような展開に目が離せなくなること間違いなしです。 ラストは、「世界一美味しいパンを作る」というテーマにも綺麗に決着がつき、非常に重厚な読後感でした。もちろん、文句なしのハッピーエンドとは言えませんが、とにかくずしりとした満腹感のある物語が味わえることは、私が保証します。 私は読了まで6時間40分でした。今年150本くらいのフリーノベルゲームを読んできましたが、インパクトではこの作品が今の所ナンバーワンです。見た目の地味さで敬遠せず、ぜひ読んでみてください。
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冬つく花だより自分に余命を告げにきた死神、というと類似の設定の作品は多数ありますが、この作品は主人公である春樹の「強い霊感で幽霊が見える」という特技、更に春樹が死神にいきなり告白するという掟破りの展開で、お馴染みの設定に一捻りしています。 それなりの長さがある(2時間半から3時間。選択肢はなしです)のですが、サブイベントの盛り込み方が上手く、途中でだれることがありません。そのサブイベントも、春樹の能力を上手く絡ませている上、春樹、そしてレイラの2人が少しずつ変化する様子を上手く盛り込んでいます。これは上手い構成です。 春樹とレイラ以外のキャラクターもみんな魅力的です。特に友人の梅山がいい味を出しています。ラスト前、春樹が彼にかけた台詞は心に響きました。この2人、いい関係ですね。 レイラの過去がどうしたなどの伏線がほぼ張られていないため、ラスト前の展開がどうしてもちょっと唐突に感じてしまいましたが、ラストの盛り上げとそこからの落とし方は見事です。欲を言えば、葵をもう少し絡めて欲しかったような気もしますが。 とにかく、「よくある設定」と思っていると、いい意味でその思い込みを裏切られる良作です。ちょっと不思議な、死神との忘れられない恋物語を、どうぞ味わってみてください。
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覚えておいてくださいね30分ほどでプレイできる、いわゆるループものの物語です。 会話の中で、あすかが「覚えておいてください」と言った言葉を入力していくことで、少しずつお話が進んでいきます。その作り自体は単純なのですが、中盤でループの原因が分かると同時に、きょうすけとあすかの関係性を絡めてくる展開を交えているのが上手いところ。 そのため、ある意味単調になりかねない展開にもかかわらず、中盤から上手く雰囲気を変えてラストへの引きを作っていました。最初はクールなあすかが、ループを繰り返す旅にだんだん気持ちが揺らいできて、最後の「願い」に繋がっていくのが上手い。 贅沢を言えば、2人の過去のエピソードの1つもあれば、より物語が深みを増したかも知れませんが、この限られた舞台、キャラクターで上手くまとめた手腕に感心させられました。短編ループものの佳作だと思います。
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黒妖精の招待状4歳の少女みゆきが、クリスマスイブの夜に妖精の国に行くところから物語が始まります。元が小説だけあって、文章力は非常に高く、それでいて技巧的に捏ねすぎたところもなく、素直に読めます。みゆきの成長が実に自然に描かれているのが大変印象的です。 また掌編でありながら起承転結がしっかりしており、物語として非常に読み応えがありました。ルプレとの交流と彼女の真実、そしてさりげなくも余韻を残すラストシーン。とてもよくできた作品です。 掌編はどうしても、特定のシーンやエピソードを描いて終わり、ということになりがちですが、物語としてとてもレベルが高く、感心させられました。15分でほのかに心が温かくなるような体験ができます。季節外れのクリスマスハートウォーミングストーリーをどうぞ。
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自販機のトゥーランドット「ジャガイモオレンジ」「チャイコフスキー」など、一体どんな味なんだかさっぱり分からない、奇妙奇天烈な新作飲料ばかりが校内の自販機に入ってくる高校で、その中から抜群に美味しい1本をいつも選ぶ「自販機の姫」、梨花と出会った主人公由紀人の物語です。 設定が変わっていまして、その設定の面白さで笑えるところもあるのですが、単に笑えるだけでなく、物語に上手く生かされています。恋愛面ではもう少し踏み込みが欲しいところもありましたが、短い作品ですからそこまでは気にならないでしょう。 後半の展開と見事な二段落ちは、まさにタイトル通りです。「トゥーランドット」という物語(プッチーニのオペラで有名ですね)を知っていれば、にやりとできること間違いなしです。ジュースの設定と「トゥーランドット」という物語が、上手く学園ラブコメに融合した快作です。 20分から30分で読めます。とてもよくできた学園ラブコメでした。
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ウソからはじまる物語昔からのフリーノベルゲームの愛好家にはお馴染み、あいはらまひろさんの新作です。4月1日の星川市を舞台に描かれる、3本の物語を集めた短編集です。 同じ街の3人の登場人物が主人公で、3本の物語はところどころで交わるのが面白いところです。昔「街」という家庭用のサウンドノベルがありましたが、少しああいう雰囲気です(ザッピングしたり選択肢でロックを外したりはしませんが)。 各々の話は割と淡白な終わり方なのですが、3本の話をひとまとまりとして見れば、お互いの話が影響しあってきちんとハッピーエンドにまとまっているのが、巧妙な作りです(七生の物語だけは純粋なハッピーエンドではないですが、ハッピーエンドの予感を感じさせる終わり方だと思います)。その辺りはエピローグで語られますが、その構成の上手さ、まとめ方の巧みさには感心しました。 何より、物凄く「読みやすい」です。難しい語句を使わず平易な表現で、それでいて時折ハッとするような描写を見せてくれます。また、改行ピッチや文字の大きさ、1行の文字数が非常に適切で、文章を読む上でのストレスが皆無。ノベルゲームは「文章を読ませる」ものですから、このような配慮は特筆されるべきです。 3本のお話はどれから読んでもいいですし、読む順番によっては少し全体の印象が変わるかも知れません。私は3本合わせて42分で読み終えました。普通の速度なら1時間ちょっとだと思います。「物語を読むのが好き」な方には、どなたにもお勧めです。