NaGISAのレビューコレクション
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そしてパンになる(ADV版)お馴染みの素材ばかりの背景、字だけの地味な画面で油断していたら、これはとんでもない作品に出会ってしまいました……。 舞台は、パンで全国的に有名な町、八紘町。私立八紘学園にこの春入学した、パン作りの天才波良嶋亮が主人公。幼馴染でパン製造会社の社長令嬢、八千代心音と、八紘学園に「ベーカリー研究同好会」を作るところから、お話が始まります。 出だしは、題材こそちょっと捻っているものの、王道の青春ものです。実際、3つあるヒロインルートのうち、恵美ルートは青春ものとしてレベルの高い物語でした。また、甜瓜ルートは恋愛と青春と家族愛を上手くブレンドした非常に上手い構成のシナリオ。ラストの投げっぱなし感だけ少し気になったものの、これもよくできたお話です。 そして心音ルートからトゥルールートへの流れで、「そんな馬鹿な」と呆然とする羽目に。リアリティの面ではツッコミどころが多数ですし、ついていけない人もいるかも知れません。しかし、「これはこういう世界、こういう設定の物語なのだ」と思って読みましょう。とにかく驚くような展開に目が離せなくなること間違いなしです。 ラストは、「世界一美味しいパンを作る」というテーマにも綺麗に決着がつき、非常に重厚な読後感でした。もちろん、文句なしのハッピーエンドとは言えませんが、とにかくずしりとした満腹感のある物語が味わえることは、私が保証します。 私は読了まで6時間40分でした。今年150本くらいのフリーノベルゲームを読んできましたが、インパクトではこの作品が今の所ナンバーワンです。見た目の地味さで敬遠せず、ぜひ読んでみてください。 -
冬つく花だより自分に余命を告げにきた死神、というと類似の設定の作品は多数ありますが、この作品は主人公である春樹の「強い霊感で幽霊が見える」という特技、更に春樹が死神にいきなり告白するという掟破りの展開で、お馴染みの設定に一捻りしています。 それなりの長さがある(2時間半から3時間。選択肢はなしです)のですが、サブイベントの盛り込み方が上手く、途中でだれることがありません。そのサブイベントも、春樹の能力を上手く絡ませている上、春樹、そしてレイラの2人が少しずつ変化する様子を上手く盛り込んでいます。これは上手い構成です。 春樹とレイラ以外のキャラクターもみんな魅力的です。特に友人の梅山がいい味を出しています。ラスト前、春樹が彼にかけた台詞は心に響きました。この2人、いい関係ですね。 レイラの過去がどうしたなどの伏線がほぼ張られていないため、ラスト前の展開がどうしてもちょっと唐突に感じてしまいましたが、ラストの盛り上げとそこからの落とし方は見事です。欲を言えば、葵をもう少し絡めて欲しかったような気もしますが。 とにかく、「よくある設定」と思っていると、いい意味でその思い込みを裏切られる良作です。ちょっと不思議な、死神との忘れられない恋物語を、どうぞ味わってみてください。 -
覚えておいてくださいね30分ほどでプレイできる、いわゆるループものの物語です。 会話の中で、あすかが「覚えておいてください」と言った言葉を入力していくことで、少しずつお話が進んでいきます。その作り自体は単純なのですが、中盤でループの原因が分かると同時に、きょうすけとあすかの関係性を絡めてくる展開を交えているのが上手いところ。 そのため、ある意味単調になりかねない展開にもかかわらず、中盤から上手く雰囲気を変えてラストへの引きを作っていました。最初はクールなあすかが、ループを繰り返す旅にだんだん気持ちが揺らいできて、最後の「願い」に繋がっていくのが上手い。 贅沢を言えば、2人の過去のエピソードの1つもあれば、より物語が深みを増したかも知れませんが、この限られた舞台、キャラクターで上手くまとめた手腕に感心させられました。短編ループものの佳作だと思います。
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黒妖精の招待状4歳の少女みゆきが、クリスマスイブの夜に妖精の国に行くところから物語が始まります。元が小説だけあって、文章力は非常に高く、それでいて技巧的に捏ねすぎたところもなく、素直に読めます。みゆきの成長が実に自然に描かれているのが大変印象的です。 また掌編でありながら起承転結がしっかりしており、物語として非常に読み応えがありました。ルプレとの交流と彼女の真実、そしてさりげなくも余韻を残すラストシーン。とてもよくできた作品です。 掌編はどうしても、特定のシーンやエピソードを描いて終わり、ということになりがちですが、物語としてとてもレベルが高く、感心させられました。15分でほのかに心が温かくなるような体験ができます。季節外れのクリスマスハートウォーミングストーリーをどうぞ。 -
自販機のトゥーランドット「ジャガイモオレンジ」「チャイコフスキー」など、一体どんな味なんだかさっぱり分からない、奇妙奇天烈な新作飲料ばかりが校内の自販機に入ってくる高校で、その中から抜群に美味しい1本をいつも選ぶ「自販機の姫」、梨花と出会った主人公由紀人の物語です。 設定が変わっていまして、その設定の面白さで笑えるところもあるのですが、単に笑えるだけでなく、物語に上手く生かされています。恋愛面ではもう少し踏み込みが欲しいところもありましたが、短い作品ですからそこまでは気にならないでしょう。 後半の展開と見事な二段落ちは、まさにタイトル通りです。「トゥーランドット」という物語(プッチーニのオペラで有名ですね)を知っていれば、にやりとできること間違いなしです。ジュースの設定と「トゥーランドット」という物語が、上手く学園ラブコメに融合した快作です。 20分から30分で読めます。とてもよくできた学園ラブコメでした。 -
ウソからはじまる物語昔からのフリーノベルゲームの愛好家にはお馴染み、あいはらまひろさんの新作です。4月1日の星川市を舞台に描かれる、3本の物語を集めた短編集です。 同じ街の3人の登場人物が主人公で、3本の物語はところどころで交わるのが面白いところです。昔「街」という家庭用のサウンドノベルがありましたが、少しああいう雰囲気です(ザッピングしたり選択肢でロックを外したりはしませんが)。 各々の話は割と淡白な終わり方なのですが、3本の話をひとまとまりとして見れば、お互いの話が影響しあってきちんとハッピーエンドにまとまっているのが、巧妙な作りです(七生の物語だけは純粋なハッピーエンドではないですが、ハッピーエンドの予感を感じさせる終わり方だと思います)。その辺りはエピローグで語られますが、その構成の上手さ、まとめ方の巧みさには感心しました。 何より、物凄く「読みやすい」です。難しい語句を使わず平易な表現で、それでいて時折ハッとするような描写を見せてくれます。また、改行ピッチや文字の大きさ、1行の文字数が非常に適切で、文章を読む上でのストレスが皆無。ノベルゲームは「文章を読ませる」ものですから、このような配慮は特筆されるべきです。 3本のお話はどれから読んでもいいですし、読む順番によっては少し全体の印象が変わるかも知れません。私は3本合わせて42分で読み終えました。普通の速度なら1時間ちょっとだと思います。「物語を読むのが好き」な方には、どなたにもお勧めです。 -
voice ~私たちの選択~コメントも星も1つもついていませんが、これはかなりの良作でした。主人公は女性で、名前は任意。いわゆる乙女ゲームですね。 舞台は声優学校で、この学園生活がなかなかリアリティがあります。全くの未知の世界ですし、劇中劇の演技の様子など、それだけで楽しく読めました。この手の物語で日常描写が面白いというのはとても大事ですが、その点この作品は舞台設定だけで大成功していると思います。 攻略対象の成瀬とミオ先生を除く立ち絵は影絵ですが、表示形式が独特。徹底して「主人公視線」を意識しているように思えます。また成瀬とミオ先生の表情が刻々と細やかに変わり、これも大変効果的でした(そのためスキップがかなり遅くなっており、繰り返しプレイがちょっと辛いですが)。 特に成瀬ルートの後半、主人公と成瀬のままならない思いが描かれるところは読み応えがあり、恋愛ものとしてとてもよくできていると思いました。若干、主人公が煮え切らない感じもしましたが、そこは友人達が上手くフォローしてくれていて、いい友人達だな、と。 プレイ時間は長いですが、じっくり読んでください。ただし私の環境ではミオ先生ルートの後半で、どうやってもフリーズして先へ進めなくなり、Macのブラウザー版でなんとか最後まで進めました。乙女ゲーム好きな女性だけでなく、恋愛ゲームがお好きであれば男性も楽しく読めるはず。
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Your Conceptコンセプトカフェと呼ばれるジャンルの1つである、アニソンコスプレバー「フィレール」を舞台にした物語です。そういう場所に行ったことはないですが、楽しげで賑やかな雰囲気がいいですね。最初に名前とハンドルを2種類入れ、フィレールではハンドルで呼ばれるというのが、いかにもそれっぽいです。 単にコンセプトカフェの女の子と仲良くなるだけのお話かと思いきや、中盤からちょっと意外な方向へ話が動き始めます。コンセプトカフェという舞台を生かしつつ、そこにシリアスな要素を程よく盛り込んでおり、シリアスとコミカルのバランスがいい作品でした。 なお、どうやらフィレールのモデルは札幌市にあるバーらしいです。まあ行ったりはしませんが(笑)。 -
クズな俺が転生したら銃で無双しちゃった件について。「小説家になろう」のような、小説投稿サイトにありそうなタイトル、設定の異世界ファンタジーものです。実はタイトルほど、主人公の亮介は無双していない気がしますが(笑)。 登場人物の数がかなり多いのですが、明確に性格分けがされており、個性豊かなやり取りが楽しめます。地の文が非常に少なく、ちょっと描写が足りないように思える箇所もみられますが、逆に言えばテンポよく読めるということでもあります。 主人公は別に無双しませんが、冒頭の無気力状態から、異世界での生活を経てしっかり成長するところが描かれています。ラストも収まりがよく、読後感も良好。肩の力を抜いて気軽に読めるファンタジーものです。 -
Peculiaruniquer特殊能力(超能力?)を持つ女子大生が、仲間と協力して謎の組織と戦う物語です。いわば「現代異能もの」とも言えますが、異能ものにありがちな、ひたすら戦闘というような展開にはなりません。 むしろ、主人公であるひなたの過去など、人間関係に重点を置いた構成です。ですので、やたら戦闘ばかりが連続する異能ものが苦手な人でも、楽しめるのではないでしょうか。 長さの割りにキャラクターを盛り込みすぎた感なきにしもあらずですが、しかし全体にキャラクターの扱いが大変丁寧で、よく作り込まれた物語であることが伝わってきます。後半、ひなたと敵の過去を絡めて進む展開は、特に上手いと思いました。 攻略は難しくありません(選択肢を間違えるとバッドエンド直行の「行き止まり型」分岐です)。現代異能ものがお好きならば、読んでみてください。
